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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)232号 判決 1974年4月16日

東京都杉並区天沼二丁目三八番一七号

原告

鈴木武広

右訴訟代理人弁護士

原長一

大塚功男

佐藤寛

増淵実

桑原収

牧野房江

右訴訟復代理人弁護士

青木孝

東京都杉並区天沼三丁目一九番一四号

被告

荻窪税務署長

高根沢邦

右指定代理人

森脇勝

小山三雄

岩橋憲治

柴田定男

小高譲

泉類武夫

大沢義平

右当事者間の所得税更正処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告が原告に対し昭和四二年三月一〇日付けでした左記各処分を取消す。

1 昭和三八年分所得税の更正処分のうち総所得金額二、五一三、八六〇円を超える部分

2 昭和三九年分所得税の更正処分のうち総所得金額一、五一二、四七二円を超える部分

3 昭和四〇年分所得税の更正処分のうち総所得金額一、四七二、六六〇円を超える部分

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は、昭和三八年分、昭和三九年分及び昭和四〇年分所得税についてそれぞれ別表1の(一)ないし(三)の各「確定申告」欄記載のとおりの確定申告をしたところ、被告は、昭和四二年三月一〇日付けで同等の各「更正」欄記載のとおりの更正処分(以下、一括して本件更正処分ともいう。)をした。原告は被告に対し本件更正処分について異議申立てをしたが、同年七月八日付けで棄却決定がなされ、さらに東京国税局長に対して審査請求をしたところ、昭和四三年九月一九日付けで棄却裁決がなされ同年一〇月一四日その裁決書謄本の送達を受けた。

(二)  しかし、本件更正処分には原告の本件各係争年分の雑所得を過大に認定した違法がある。

(三)  よつて、本件更正処分のうち請求の趣旨記載の各総所得金額を超える部分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の答弁及び主張

(一)  請求原因(一)の事実は認めるが、同(二)の主張は争う。

(二)  被告の主張(本件更正処分の適法性)

1 総所得金額

原告の本件各係争年分の総所得金額は次表記載のとおりであるから、右総所得金額の範囲内においてなされた本件更正処分は適法である。

<省略>

2 雑所得金額の算出根拠

原告は、東京正金株式会社(以下、東京正金という。)学校法人国際学園(以下、国際学園という。)及び合資会社むら田(以下、むら田という。)に対して金銭貸付けを行なつたところ、本件各係争年内に次表記載のとおりの利息収入を得た。

<省略>

このうち原告が争う部分についてその算出根拠を示すと以下のとおりである。

(ア) 国際学園関係

国際学園は、昭和三一年頃より利息月五分の約定で原告から金銭借入れをし、毎月小切手で右約定利息を支払つてきたところ、昭和三八年及び昭和三九年内における右支払利息の明細は、それぞれ別表2及び3記載のとおりである。

昭和四〇年分については、原告は、被告の調査の際、この点に関する帳簿書類は存在しないとして提出せず、またその具体的内容を明らかにしなかつた。そして貸付先の国際学園も、昭和四〇年二月以降の支払小切手の控を紛失した旨申出たため、同年分の受取利息を実額で計算することはできなかつた。ところで、被告の調査によれば、同学園の原告に対する同年の期首及び期末の借入金残高は一一、五〇〇、〇〇〇円でこの間移動がなく、また同学園が同年一月中に原告に対し小切手で六回にわたり合計五七五、〇〇〇円の利息を支払つていることが判明したので、同年二月以降も右と同様の利息の支払がなされたものと推定される。そしてその金額は、右元金に対する月五分の割合(すなわち一箇月五七五、〇〇〇円)による年間利息六、九〇〇、〇〇〇円と推計計算するのが合理的である。

(イ) むら田関係(昭和三八年分)

むら田は、昭和三八年内に原告から金銭借入れ(この借入元金のうちむら田の元帳の記載上明らかなものは、同年三月二〇日の一七〇、〇〇〇円、同年八月一七日の一、四〇〇、〇〇〇円及び同年八月三一日の三、二〇〇、〇〇〇円であり、利息の約定は不詳)をし、同年内に別表4記載のとおりの利息を原告に支払つた。

三  被告の主張に対する原告の答弁及び反論

(一)  被告の主張1のうち、本件各係争年分の雑所得金額の点は争う。被告の主張2のうち、本件各係争年分の東京正金関係及び昭和三九年分のむら田関係は認める。国際学園関係((ア)の事実)については、国際学園が原告から金銭借入れをしたとの点は否認し、その余は争う。昭和三八年分のむら田関係((イ)の事実)中、原告がむら田に金銭貸付けを行なつたことは認めるが、その貸付額及び同年内の受取利息額は争う。

(二)  国際学園若しくは高木章に対する貸付けについて

被告主張の貸付け(但し、貸付元本額は後述のとおり争う。)をなしたのは、原告の長男鈴木敬志であり、原告自身は全く関知していない。すなわち、敬志は、幼少の頃小児マヒを煩い、両手両足が不自由であつたが、国際学園の創立者であり理事長もしていた高木章の世話で同学園の初等科より高等科、さらには法政大学経済学部を修了することができたため、かねて同人に対して深い恩義を感じていたところ、右大学卒業後も、昭和二八年九月一五日に原告が設立した貸金業を目的とする東京正金の仕事をするかたわら、同学園の評議員になるなどして同人と公私にわたる交際を保つてきたところから、同人の依頼に応じ、国際学園若しくは高木章に対して金銭貸付けを行なうようになつた。貸付資金としては、敬志個人の資金のほか、三菱銀行荻窪支店の原告名義の普通預金口座(口座番号四七九)の預金を無断借用し、貸付けの態様は、前述のような敬志と高木章との特殊な関係から、利息の約定並びに返済期限及びその額を定めなかつた。そして被告が主張する支払小切手は、すべて敬志に対する右借入金債務の元本の弁済に充てられたものであるから、右小切手金を原告に対する利息の支払いとみなし、その金額に基づいて一一、五〇〇、〇〇〇円という貸付元金を算出するという被告の方法は不当であり、この点は、右のような多額の資金が敬志の調達可能額をはるかに超えていることからも明らかである。国際学園ないし高木章は、短期間のうちに分割返済をしていたので、元本が一時に著しく増大することはなかつたのであり、その額はたかだか二、〇〇〇、〇〇〇円である。

(三)  むら田に対する昭和三八年分の貸付けについて

原告は、むら田に対し、利率月六分の約で自己資金一、八四五、〇〇〇円を貸付け、昭和三八年内に別表5記載のとおり合計一、〇四五、五〇〇円の利息収入を得たほか、右むら田の依頼により、マイケル・ジヨン・バヌーバー(当時の住所地は東京都品川区小山町八丁目一一〇四番地、以下、バヌーバーという。)から六、一〇〇、〇〇〇円、日野嘉章(その住所地は横浜市六角橋、番地は不詳)から五、三〇〇、〇〇〇円、阿部たま子(その住所地は東京都江東区亀戸三丁目一三番九号)から四六五、〇〇〇円、江田敏子(その住所地は東京都杉並区天沼二丁目三八番地)から四〇〇、〇〇〇円、東海林松子(その住所地は川崎市高石町四六一番地四〇)から二〇〇、〇〇〇円以上合計一二、四六五、〇〇〇円の各借入れの斡旋を行ない、同年内に別表6の(一)ないし(三)記載のとおり合計五三五、〇〇〇円のリベート収入を得た。従つてむら田関係の同年分の雑所得は以上の受取利息及びリベートを合算した一、五八九、五〇〇円である。

四  原告の反論に対する被告の答弁及び再反論

(一)  原告の反論(二)(国際学園関係)について

(ア) 右反論事実中、原告が昭和二八年九月一五日に原告主張の営業目的を有する東京正金を設立したこと、三菱銀行荻窪支店に原告名義の普通預金口座があることは認めるが、その余の点は争う。

(イ) 国際学園の支払小切手が借入金の元本の返済に充てられたとの点は事実に反する。けだし、同学園の借入金元本一一、五〇〇、〇〇〇円のうち一〇、〇〇〇、〇〇〇円は昭和四一年四月頃に、またその残額一、五〇〇、〇〇〇円は本件係争年後の借入金八、〇〇〇、〇〇〇円とともに昭和四二年六月六日に返済されているからである。原告の金利が月五分であり、右小切手の交付が利息の支払を意味していることは同学園内で周知の事実であつた。

(ウ) 国際学園からの受取利息が鈴木敬志に帰属するといえないことは次の点から明らかである。

第一に、敬志には一一、五〇〇、〇〇〇円もの個人貸付けをなしうる資力は到底なかつた。なぜならば、同人の本件係争年の前後における収入は、別表7記載のとおり東京正金から支払われる給料手当、利息、配当金(多いときで年間八〇〇、〇〇〇円前後)のみであり、しかも右収入の大半は四人家族の生計費に充てられたものと考えられるし、原告の住所地(敬志も当時原告と同居していた。)所在の土地、建物はすべて原告の所有であつて、敬志は何一つ不動産を所有していなかつたからである。そして、同人は昭和二八年から昭和三九年までの間所得税の確定申告もしていない。

第二に、国際学園の支払利息は、第一銀行荻窪支店の鈴木敬志名義の普通預金口座(口座番号三〇六四三)に振込入金されているところ(但し、昭和三九年九月四日に右口座が解約されるまで)、この敬志名義の口座は、実質的には原告に帰属するものと考えられる。けだし、この口座には、原告の個人貸付けに係るむら田関係の貸付金元金の出金・入金が別表8記載のとおりなされているほか、原告が収受すべき右貸付金の利息の一部(別表4の番号28、30、33、35、37、43、46、48、49、51、56、59、68、69、70、72、74、76、78及び79、以上合計七三九、〇〇〇円)も右口座に入金されており、さらに、この口座の銀行登録印鑑は、原告名義の口座の銀行登録印鑑(但し、廃印届のなされた昭和三六年一月一二日まで)と同一だからである。

第三に、原告名義の口座の出入金状況をみると、ことに昭和三六年以降の資金移動が活発であり、かつ、その一回当りの金額が大きいところからみて、原告が個人で頻繁に金銭貸付けを行なつていたことが明らかであり、しかも原告は敬志が右口座から預金を引出すことを承諾していたので、敬志は原告に代行して右口座を利用し資金を国際学園に渡していたのである。

(二)  原告の反論(三)(むら田関係)について

右反論事実は争う。被告において原告主張の資金調達先につき原告主張の住所地に従つて調査したところ、バヌーバーなる者は、東京都品川区役所備付けの外国人登録原票に昭和三八年以降登録されておらず、日野嘉章なる者は、原告主張の住所地に居住した事実はないことが明らかとなり、さらに阿部たま子及び東海林松子は昭和三八年以降において、また江田敏子は全く原告に融資した事実のないことが判明した。

第三証拠関係

一  原告

(一)  甲第一号証の一、二を提出。

(二)  証人元山光広、同津田義昭、同鈴木敬志、同林俊雄(第二回)、同高木一明、同阿部たま子、同江田敏子、同東海林松子の各証言及び原告本人尋問の結果を援用。

(三)  乙第五、第六号証、第七号証の一ないし三、第八号証の成立(乙第八号証については原本の存在並びに成立)を認め、その余の乙号各証の成立は不知。

二  被告

(一)  乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第四ないし第六号証、第七号証の一ないし三、第八ないし第一五号証を提出。

(二)  証人林俊雄(第一回)、同萩谷修一、同元山光広、同菊池衛の各証言を援用。

(三)  甲号各証の成立は不知。

理由

一  請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  昭和三八年分の更正処分について

(一)  原告の本件昭和三八年分の不動産所得が四三二、一六〇円、給与所得が四四四、二〇〇円であることは、原告において明らかに争わないので自白したものとみなす。

(二)  そこで、本件昭和三八年分の雑所得について検討する。

1  東京正金関係

原告につき同年内に東京正金からの受取利息四八、〇〇〇円が発生したことは当事者間に争いがない。

2  国際学園関係

本件昭和三八年分のほか、便宜昭和三九年分も一括して検討するに、成立に争いない乙第五、第八号証、証人萩谷修一の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第三号証の一、二、第四、第一三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第九、第一二号証、証人鈴木敬志、同元山光広、同津田義昭の各証言の一部、証人高木一明、同林俊雄(第二回)の各証言及び原告本人尋問の結果(但し、その一部)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

国際学園の理事長であつた高木章は、同学園を維持運営し、また昭和二四年以来衆議院議員をしていたことなどによる資金需要に充てるため、昭和三一年一〇月頃より、当時すでに貸金等を目的とする東京正金の取締役をしていた鈴木敬志に対して必要の都度融資の依頼をし、これに対して敬志が指定された額の資金を第一銀行荻窪支店の敬志名義の普通預金口座(口座番号三〇六四三)からおろしてこれを高木理事長に融通するようになつた。ところで、その借入金額及び返済期間はその都度異なつたが、利息はいずれも月五分と約定され、その支払いは、概ね五〇、〇〇〇円単位のラウンド・ナンバーに場合によつては物品買受代金(国際学園が原告のもとで担保流れとなつた電気製品などを買受けたことによる代金)を上のせした金額を小切手金額とする国際学園振出しの先付け小切手により、かつ、これが前記敬志名義の預金口座に振込入金される方法がとられた。そして、国際学園の右借入れは、高木章が落選の憂き目をみた昭和三五、六年頃までがピークで、同人が政界出馬を断念した昭和三九年頃には跡絶え、遅くとも同年一一月頃には六口合計一一、五〇〇、〇〇〇円の借入金元本が残つたが、この間、同学園からは、前述した方法により、昭和三八年内には別表2記載のほか、同年九月三日五〇、〇〇〇円(その支払小切手の金額は物品代三六、五〇〇円との合算額八六、五〇〇円)以上合計六、三五〇、〇〇〇円の約定利息が、また昭和三九年内には別表3記載のほか、同年四月二三日五〇、〇〇〇円、同年九月一二日二五、〇〇〇円以上合計六、九七五、〇〇〇円の約定利息が支払われた。

以上の事実が認められる。ところで、原告は、国際学園若しくは高木章の借入金には利息の約定がなく、高木章から支払われた小切手金は借入金債務の元本に充てられたと主張し、証人鈴木敬志、同津田義昭及び原告本人が右主張に副う証言、供述をしているほか、証人元山光広もやや曖昧ではあるが同旨の証言をしているので、さらに検討するに、たしかに、右証言、供述並びに証人鈴木敬志の証言によつて成立が認められる甲第一号証の一、二によれば、鈴木敬志は、戸籍上は原告の長男となつているが真実は原告の養子であり、幼少の頃脳性小児マヒを煩つて体の自由を失なつていたが、昭和一七年頃人の紹介によつて高木章を知り、同人の世話によつて国際学園の前身である中野学園中学、さらには法政大学を卒業し、また同人の仲人にによつて結婚までしていることが認められ、右認定の事実によれば、敬志が高木章を実親のように考えて慕つていたことはこれを推測するに難くない。しかしながら、このような事情があるからといつて、直ちに国際学園若しくは高木章が無利息で融資を受けたと推論することは、敬志及び原告が他方で金融業に携わつていたことを考えると合理性に乏しいというほかなく、また元本返済の点も、前掲乙第三号証の一、二、第一三号証及び証人高木一明の証言によれば、昭和三九年当時一一、五〇〇、〇〇〇円あつた国際学園の借入金元本は、うち一〇、〇〇〇、〇〇〇円を高木章が昭和四一年四月一日頃返済し、残金一、五〇〇、〇〇〇円については、同年一一月に死亡した同人の後を継いで国際学園の理事長に就任した息子の高木一明が、昭和四二年六月六日八千代信用金庫幡ヶ谷支店からの借入金をもつて、本件係争年分後の借入金八、〇〇〇、〇〇〇円とともに返済していることが認められるので、原告の前記主張は採用できない。

そこで次に、国際学園の前示支払利息が被告主張のように原告に帰属するのか、それとも原告主張のように敬志に帰属するのかの点について判断する。

前記東京正金が昭和二八年九月一五日原告によつて設立されたことは当事者間に争いがなく、前掲乙第八、第九、第一二号証、成立に争いのない乙第六号証、第七号証の一ないし三、証人菊池衛の証言により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる乙第一一号証、証人鈴木敬志、同津田義昭の各証言の一部及び原告本人尋問の結果の一部を総合すると、原告は、かねて小銭の貯えがあつたところ、主としては、体が不自由で大学卒業後も適当な就職口がない敬志に職を与えることを意図して右東京正金を設立し(資本金は当初一、〇〇〇、〇〇〇円、後に四、〇〇〇、〇〇〇円に増資)、敬志を取締役に就任させたのであるが、危険分散を図ることも考え、昭和三一年四月一七日、東京正金がかねてその取引口座(口座番号四七九)を設け(この預金口座の存在は当事者間に争いがない。)、東京正金の営業とは別に個人としての立場でも金銭貸付けを行なうようになつたこと、すなわち、原告は、当初は敬志に命じて右預金の出し入れを行なわせていたが、やがて、当時原告と同居していた敬志がいちいち原告に断わらずに右預金の運用を行ない、原告もまたこれを黙認するようになつたこと、そして敬志は、昭和三六年初め頃原告名義の前記預金口座に一たん預け入れられた四、〇〇〇、〇〇〇円前後の原告の資金(原告が亡河野玉次郎の後を継いで代表者となつていた東海塩業株式会社の解散に伴う原告の収入金。なお、その一部は東京正金の前記増資分に充てられた。)を昭和三八年五月までには前示敬志名義の口座に移し替え、以後昭和三九年九月四日この口座が解約されるまでの間、右口座の資金の運用を図つたものであること、他方、本件審査請求の担当者に対し、東京正金の社員津田義昭は、東京正金がその創立以来昭和四二年までの間に鈴木敬志に対し別表7記載のとおりの給料手当、借入利息、配当金(年間支給合計は、昭和三八年までは概ね三〇〇、〇〇〇円強、昭和三九年は五一二、〇〇〇円、昭和四〇年は七九四、〇〇〇円)を支払つている旨の明細書(乙第七号証の一)を、また敬志は原告と連名で、敬志には右明細書記載以外の所得がない旨の念書(乙第六号証)をそれぞれ提出していること、従つて、他に特段の資産、収入のない敬志はその自己資金をもつて前示貸付けをなしうる状態にはなかつたこと、敬志名義の預金口座には、原告に帰属すべき、原告の個人貸付けに係るむら田関係の貸付金元金の出金・入金が別表8記載のとおりなされているほか、右貸付金の利息の一部(その明細は事実欄の四(一)(ウ)記載のとおり)も右口座に入金されているとおり、右口座は単に名義人だけを敬志としたにすぎないことが認められ、証人鈴木敬志、同津田義昭の各証言及び原告本人尋問の結果中、右認定に抵触する部分は前掲各証拠に照らして措信できず、他にこの認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

右認定の事実に基づいて考えれば、国際学園に対して前示金銭貸付けをしたものは原告であり、従つて、原告は同学園から被告主張の限度において、すなわち本件昭和三八年内に六、三〇〇、〇〇〇円の、翌昭和三九年内に六、九〇〇、〇〇〇円の各利息収入を得たものというべきである。この点に関する原告の主張も採用の限りではない。

なお、本件月五分の約定による利息は、利息制限法による制限を超過することが明らかであるが、現実に右約定利息が収受され、かつ貸主である原告において、当該制限超過部分が元本に充当されたものとして処理することなく、依然として従前どおりの元本が残存するものとして取扱つている本件においては、制限超過部分も含めて、右約定利息全部が課税の対象となるべき所得を構成すべきは当然である。

3  むら田関係

原告がむら田に対して個人貸付けをしていたことは前認定のとおりであり、前掲乙第一〇号証、証人菊池衛の証言によれば、むら田の本件昭和三八年の期首借入元金は六、一五〇、〇〇〇円を下らないことが認められ、さらに前掲乙第八、第九号証、証人林俊雄(第一回)の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一、第二号証によれば、むら田は、原告に対し、同年内に別表4記載の利息(但し、同表の支払金額欄のうち、番号39については四三〇、〇〇〇円、番号54については九三〇、〇〇〇円、番号70については七九、八〇〇円とそれぞれ読み替える。)のほか、利息として同年六月七日七〇、〇〇〇円、同年九月七日五五、〇〇〇円、同年一〇月二日五〇、〇〇〇円、同年一〇月一四日七〇、〇〇〇円、同年一〇月二三日二五、〇〇〇円以上合計五、〇一九、四五九円を支払つていることが認められ、以上の認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで、原告は、むら田に対する貸付資金となつたものは原告の自己資金一、八四五、〇〇〇円のほか、第三者からの借入資金一二、四六五、〇〇〇円であり、この第三者借入分については、むら田からのこの分の受取利息と当該借入先に対する支払利息との差額合計五三五、〇〇〇円(その明細は別表6の(一)ないし(三)記載のとおり)をリベートとして原告が収得した旨主張するので、以下検討するに、他人から利息付きで資金の借入れをなし、この資金によつて金銭の貸付けを行ない、受取利息が発生した場合には、右資金借入先に対する約定の支払利息は、右受取利息を得るために直接要した費用、すなわち受取利息に係る必要経費と認めるべきであるから、課税の対象となる雑所得(なお、事業所得との区別については後述)を構成するのは、右受取利息からこの支払利息を控除したもの(これを原告主張のようにリベートというかどうかは、この場合問題ではない。)というべきである。そこで、この見地に立つてさらに証拠を調べると、前掲乙第八号証、証人菊池衛の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一四、第一五号証(但し、乙第一四号証についてはその一部)、証人鈴木敬志、同津田義昭、同江田敏子、同東海林松子、同阿部たま子(但し、その一部)の各証言及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原告のむら田に対する貸付資金の中には、第三者からの借入資金も含まれており、原告は、昭和三八年内に、バヌーバーから少なくとも五、七〇〇、〇〇〇円、日野嘉章から二、〇〇〇、〇〇〇円、阿部たま子から約四五〇、〇〇〇円、江田敏子から約四〇〇、〇〇〇円、東海林松子から二〇〇、〇〇〇円の資金を借入れていること、原告は、後にこの資金を右各借入先に対して返済するとともに、その名義はともかく、借入利息として、昭和三八年内に、阿部たま子に対して二五、〇〇〇円、また昭和三九年内に、江田敏子に対して三〇、〇〇〇円、東海林松子に対して四〇、〇〇〇円をそれぞれ支払つていることが認められ、証人菊池衛の証言中、右認定に牴触する部分は措信できず、証人阿部たま子の証言、乙第一四号証(阿部たま子の聴取書)中、前認定に符号しない部分は、右阿部たま子の記憶違いによるものと考えられ、またバヌーバー及び日野嘉章が架空人であるかのごとき被告の主張に副う証拠はなく、他にこの認定を左右するに足りる的確な証拠はない。なお、前示江田敏子及び東海林松子関係の必要経費としての支払利息については、現実の支払は本件昭和三八年内になされていないが、前掲乙第一五号証、証人江田敏子、同東海林松子、同鈴木敬志の各証言によれば、いずれも昭和三八年内に利息債務として確定(発生)していることが認められるから、右支払利息も本件昭和三八年分の減算項目と考えるべきである。さらに、原告主張のバヌーバー及び日野嘉章に対する支払利息について考えるに、弁論の全趣旨からすれば、原告のこれらの者に対する借入金債務も利息付きであることは容易に認めうるところであるが、進んでその金額の点についてみるに、原告の前記主張に副う証人鈴木敬志、同津田義昭の各証言及び原告本人尋問の結果は、その算出根拠が曖昧であるからにわかに措信できず、他にこの点に関する的確な証拠はない。そこで、いま仮りに、バヌーバーに対する支払利息額を(A)、日野嘉章に対する支払利息額を(B)として(いずれも本件昭和三八年内に発生したものと考えられる。)以上の考察をまとめれば、原告の本件昭和三八年分のむら田関係の雑所得は、次の算式

5,019,459円-〔25,000円+30,000円+40,000円+(A)+(B)〕=4,924,459円-〔(A)+(B)〕

によつて算出される額となる。そして、右の(A)及び(B)は多くても、原告主張額、すなわちバヌーバーに対する支払利息合計一、三五六、五〇〇円(別表6の(一)参照)及び日野嘉章に対する支払利息合計八八〇、〇〇〇円(同表の(二)参照)を超えないものと考えるのが相当であるから、右算式による金額は、

4,924,459円-(1,356,500円+880,000円)=2,687,957円

を下らないものというべきである。

4  してみると、本件昭和三八年分の雑所得は、以上1ないし3の合計額であり、それは、

48,000円+6,300,000円+2,687,959円=9,035,959円

を下らないこと前説示により明らかである。

付言するに、資金の貸付けから生ずる受取利息は、所得税法が事業所得と雑所得を区別して取扱うこととしている法意と社会通念に照らし、その貸付口数、貸付金額、利率、貸付けの相手方、担保権の設定の有無、貸付資金の調達方法、貸付けのための広告宣伝の状況その他諸般の状況により、場合によつては事業所得を構成することもあると解されるが、本件においては、特にこの点が争点となつておらず、またそのいずれであるかによつて総所得金額に消長をきたさないから、特に判断はしない。

(三)  以上検討したところによれば、原告の本件昭和三八年分の総所得金額は、

432,180円+444,200円+9,035,959円=9,912,319円

を下らないこと明らかであり、これが本件昭和三八年分の更正処分における認定総所得金額七、〇八五、九八二円を超えることは明らかであるから、右更正処分は適法というべきである。

三  昭和三九年分の更正処分について

(一)  原告の本件昭和三九年分の配当所得が四三二、一六〇円給与所得が五九二、三一二円であることは、原告において明らかに争わないので自白したものとみなす。

(二)  そこで、本件昭和三九年分の雑所得について考察するに原告につき同年内に東京正金からの受取利息一二〇、〇〇〇円、むら田からの受取利息二〇八、〇〇〇円が発生したことは当事者間に争いがなく、また同年内における国際学園からの受取利息を六、九〇〇、〇〇〇円と認めるべきこと前示のとおりであるから、同年内の雑所得が七、二二八、〇〇〇円となること計算上明らかである。

(三)  以上によれば、原告の本件昭和三九年内の総所得金額は八、四一二、四七二円となるから、この範囲内においてなされた同年分の本件更正処分は適法である。

四  昭和四〇年分の更正処分について

(一)  原告の本件昭和四〇年分の配当所得が一四四、〇〇〇円、不動産所得が四三二、一六〇円、給与所得が七五二、五〇〇円であることは、原告において明らかに争わないので自白したものとみなす。

(二)  次に、本件昭和四〇年分の雑所得について検討すると、原告につき同年内に東京正金からの受取利息一四四、〇〇〇円が発生したことは当事者間に争いがない。そこで、国際学園関係の受取利息についてみるに、前掲乙第四号証(国際学園の原告に対する小切手支払明細表)には昭和四〇年一月分までの記載しかないことが明らかであり、証人萩谷修一の証言によれば、本件税務調査の際、それ以降の利息支払関係の資料は国際学園から提出されなかつたことが認められ、また敬志名義の預金口座がすでに昭和三九年九月四日に解約され、原告名義の預金口座が昭和三八年五月以降はいわゆる睡眠口座となつていることはさきに認定したとおりであるから、本件昭和四〇年分の受取利息の実額算出を可能ならしめる直接資料は欠けているといわざるをえない。ところで、昭和四〇年の期首、期末における国際学園の借入金元本が一一、五〇〇、〇〇〇円であること、利息が月五分の約定であることは前認定のとおりであり、前掲乙第四号証によれば、国際学園は昭和四〇年一月内に小切手で六〇〇、五〇〇円の利息(右約定による一箇月当りの利息額五七五、〇〇〇円をやや上まわる。)を支払つていることが認められるから、本件昭和四〇年内における国際学園からの既収の利息が前記貸付元金一一、五〇〇、〇〇〇円に対する右約定利率による六、九〇〇、〇〇〇円であるとした被告の推計計算には合理性があるものというべきである。

してみると、本件昭和四〇年分の雑所得は七、〇四四、〇〇〇円となる。

(三)  以上によれば、原告の本件昭和四〇年内の総所得金額が八、三七二、六六〇円となること計算上明らかであるからこの範囲内においてなされた同年分の本件更正処分もまた適法であることに帰する。

五  むすび

以上判示のとおり、被告のなした本件更正処分には原告主張の違法はないから、その取消しを求める原告の本訴請求はいずれも理由がない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 上田豊三 裁判官 篠原勝美)

別表1

(一) 昭和三八年分所得税

<省略>

(二) 昭和三九年分所得税

<省略>

(三) 昭和四〇年分所得税

<省略>

別表2

国際学園支払の利息明細表(昭和38年分)

<省略>

<省略>

別表3

国際学園支払の利息明細表(昭和39年分)

<省略>

<省略>

<省略>

別表4

むら田支払の利息明細表(昭和38年分)

<省略>

<省略>

<省略>

(注) △印は原告からむら田に返戻された分を示す。

別表5

原告主張のむら田関係の昭和三八年分利息収入明細表

<省略>

(注) 利率は月六分である。

別表6

原告主張のむら田関係の昭和三八年分リベート収入明細表

(一) バヌーバーからの借入斡旋について

<省略>

<省略>

(注) 各月欄の右側の数字はむら田から借入先のバヌーバーに対して支払われた利息を、また左側の括弧内の数字は右バヌーバーからの融資の斡旋をした原告に対しむら田から支払われたリベートを示す(以下、別表6の(二)、(三)においてこれに準ずる。)。

なお、バヌーバー関係の右融資斡旋事務の一部は東京正金が代行したので、原告はむら田から受取つた右リベートの合計三一一、〇〇〇円のうち一三三、〇〇〇円を手数料として右東京正金に支払つた。従つて、原告の右バヌーバー関係のリベート収入はその残金一七八、〇〇〇円である。

(二) 日野嘉章からの借入斡旋について

<省略>

(三) その他からの借入斡旋について

<省略>

別表7

東京正金の鈴木敬志に対する支払一覧表

<省略>

(注) 昭和二八年度は二箇月分である。

別表8

敬志名義の口座におけるむら田関係貸付金元金の出金・入金一覧表

<省略>

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